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これは英雄の物語ではない。
英雄を志すものは無用である。
だが。
もしも――もしも、だ。
この物語とは別の、他の物語であったとしたら。
役目を終える筈だったものが、この物語で無用となったものが、他の物語に介入したとすれば。
果たしてその物語は――英雄のものではないと、断ずることが出来ようものなのか。
その答えは未だ行方知れず。だが、それは先に悪鬼とは別の可能性を内包していることだろう。
故に。
これは何者の物語ですらない。
何を志すかは、その者たちの意思で決まる。
◆◆◆
此度の決戦は終局へ向かっていた。
茜色に染まった空の上で、最期に見たモノは血のように紅き鎧武者。
握る刀を鞘に戻し、宙に浮かびながら地を這う如き構えをとる――居合いの型。座した姿勢を維持しつつ構えることで、如何なる攻撃に対処することを目的とした構え。
だが、紅蓮の鎧が構えるそれは決して迎撃用(カウンターオンリー)ではない。むしろ自らが打って出る強襲の状態。
『磁力鍍装(エンチャント)―――蒐窮(エンディング)』
抑揚の無い男の声……名を、確か湊斗景明、と言ったか……が紅蓮の鎧より木霊した。鞘の内に収めた刀身から、溢れんばかりの雷電が迸った。
稲妻が鉄を灼き、熱し、今か今かと解き放たれるのを待ち望むかのように、紅の武者の懐で激震する。
――正(プラス)と負(マイナス)が磁界の内に乱舞し、大気さえも振動させうる。圧倒的な威容、圧倒的な気配、圧倒的な力の顕現。
(これが――これが、奴の……陰義の本領か!)
心底感嘆せざるを得なかった。磁力を操作し、それを抜刀に宛がわせて放つ絶技など。正気を超えた外法に位置する奥義と言える。
半ば仕手の純粋な胆力が無ければ、その磁界の渦に巻き込まれて自滅するが必定。
《諒解――死を始めましょう》
外装越しに響いて伝わる金打声。己と同じく、真打劔冑であるその鎧武者――“村正”。勢州千子鍛冶、右衛門尉村正。
かつて大和を震撼させた、恐ろしき妖甲。死の権化。女子のような可憐な声の内に、絶対的な殺意を篭められている事は最早条理であろう。
そしてその言葉通り、死を彷彿とさせる雷(いかずち)の炸裂音が大気を渡る。
磁力の反発と吸収、その法理を抜刀に応用。即ちそれこそ陰義――真打劔冑が保有する特殊能力――を用いた必滅の奥義。
「真改ぃぃぃぃぃぃ!!!」
内部より悲痛な叫びがやかましく響いてくる。
我が仕手、鈴川令法。我が陰義の連続使用による熱量欠乏により、このような事態を招いた張本人。
故にこの結末は正しく必定である。だが、当の本人はあの絶対的な死の去来を否定する。真っ向から、否と。嫌だと。死にたくないと。
我にはこの者の姿を卑下することはできない。する気もない。だが、逃れようのない死をただただ受け入れられぬそのザマは、見るに耐えれる物ではない。
《……我が仕手よ。武の鬼道を歩んだ者の、逃れえぬ運命、今が、その時と存ずる》
既に、どうこうできる頃合は無くなった。我が手の内にある分岐は全て死に通ずる。覚悟を決めねばならぬ時。
死など、我がこの劔冑を鍛造(うみおと)した時より覚悟している。いずれ武の者に扱われるその身故、いくら真打といえようとも討ち果てる時は必ず来るのだ。
双輪懸も最早侭ならぬ。合多理の起動は熱量欠乏により著しく低下。宙に浮くことしか出来ぬほどの欠陥。
だが例え万全だったとし、我が陰義『液体操作』を持ってしても、あの“死”を超ゆることは出来まい。
それ程の威力、それ程の神速、それ程の脅威だということは、武の基本を押さえた程度の者でも心髄より理解を得よう。
――村正が迫る。合多理より生じる爆発的なエネルギーが内燃され吼える排気音(エグゾースト・ノイズ)、そして彼奴の陰義『磁力操作』による多大な加速を得て、死を懐に宿して間合いへ迫る。
村正の仕手、湊斗景明の起伏の無い声が、今一度響いた。
《吉野流合戦礼法、“迅雷”が崩し――》
加速しながら、帯電する刀を、炸裂音の狭間にて、文字通り目にも止まらぬ疾さで抜き放つ。
死が奔る。死が迫る。死が駆ける。
罪を裁く為、天より下る霹靂と共に、死が迸る。
故に其は、一刀必殺。剣の切っ先に乾坤を賭し、己が命も預けて御する故の絶対的な奥義。
《電磁抜刀(レール・ガン)―――――“禍(まがつ)”》
極光が、我が機眼を灼き尽くした。
刹那に思う。成る程、電磁抜刀(レール・ガン)か。
其の名に恥じぬ神速よ。
其の名に恥じぬ雷光よ。
――其の名に恥じぬ、必滅の奥義であった。
村正が放った破滅の光輝の中で、我は思う。
良き死合いであったと。かの稀代の名甲、村正と競り合ったという事実が、そう思わせてくれる。
己の最期を刺してくれた者が、村正という妖甲であった事実が、己の劔冑に捧げし生を誇りで満たし、昇華してくれる。
決して満足とは言えぬ戦いであったが。
こうして、劔冑として刃を交える得難い機会を齎してくれた、かの妖甲に少なからずの感謝の念を送りながら。
《いかで……我、こころの月を―――あらわして》
《闇に、惑える………人を、照ら………さ……………》
瞳を閉じ、我は――井上和泉守国貞、“真改”は此度の生に別れを告げる。
だが。たった一つ、後悔を、吐露させてくれるなら…… 良き仕手と、巡り合いたかったという叶わぬ望みのみである。
果たしてその念を、幽世の神がどのように受け取ったかは知らないが。
目蓋の向こう、村正の放った電磁抜刀とは別の類の光輝が煌いたとは露知らず。
崩壊する我が鎧(み)の痛みを感じながら、奈落へ堕ち逝くことを是とする。
――その時、微かな呼び声が聞こえたような気がした。
◆◆◆
ただただ凡才であった。否、無才だった。
凡百多勢の者たちよりも、魔導に対する才が劣る。否、劣るだなんてものですらなかった。
周囲より己の耳に入ってくる言葉はどれも嘲りであり、失望であり、卑下である。
故に努力を行なった。己の血にかけて、我が身に流れる貴族の血にかけて、必死に努力と練磨を重ね続けた。
魔導の知識は必死に覚えた。その理念と構築式は他の誰よりも脳髄に刻んでいる。それは恐らく自惚れに近い自覚であるが、だが確かにそこまでの努力はしてきたつもりだった。
なれど、その努力が報われたことなど、今際まで決して無かった。皆無だった。
魔導の理を構築し実行すれば、すぐさまその式は崩壊し、行き場のない力は暴発を招く。
他の者たちも、最初は自分と同じように失敗はした。だが、それでも回数をこなすにつれて成功率は比例し、今では位階を与えられる才者が現れる程である。
自分も、彼らとスタート地点は同じだったのだ。故の最初の頃は自らの至らなさに憤りながらも、いつかは……そう、いつの日か、彼らと同じ場所に至れるだろうと楽観視していた。
だが結果はいつも同じ。組み立てた積み木は、あと一歩の所で必ず崩れる。理念は正しく、思念も明確。なれど、招く答えは全て失敗。
何かが足りない。足りないと理解しつつも、何が足りないのか理解できなかった。
自分にアドバイスをくれる教師も、この有り様が続いて最早嘆息しか出さなくなった。
今でも教えを請えばそれに応じるが、私を知る教師たちの目の内には、明確な諦観が色濃く混ざっていた。
心が折れそうになった時は数え切れない。何度、自らの屋敷に帰ろうかと苦悩したこともあった。
だが……その諦めを、己の血が赦さなかった。何より、自らの心が、魂が容赦できなかった。
私は名門貴族の姓を継ぐ者だ。その精神が、その誇りが、その矜持が。此度まで降りかかった諦観の嵐を乗り越える力となった。
だが、それでも尚。この身に刻んできた努力が報われた例がない。
故に嘲笑と失望を篭められて付けられた渾名は『ゼロのルイズ』。魔法を発動させた例が一度たりとも無い己に付けられた、この上なく皮肉めいた名前だった。
だけど私はその名に甘んじる訳にはいかない。今まで歩んできた研磨の日々を、高々その程度の皮肉を前に討ち棄てる事など出来やしない。
だからこそ此度の儀式は、今度こそは失敗は赦されないと自らの心に課して挑んだ。
此処、トリステイン魔法学院において進級する際、とある儀式の遂行を課せられる。
――“召喚の儀”。
サモン・サーヴァントと呼ばれる簡易術式(コモン・マジック)によって成される、魔を呼び誘いて使役させることを目的とする、魔法学問において神聖とされる儀式の一つ。
生涯において一度しか使えぬこの魔法は、魔法の基礎を押さえた者たちにとっては一度限りの術式とはいえ容易に展開できる魔法の一つとして分類される。
生徒達が教師に呼ばれ、衆目が一点に集束する中で、ある者はその緊張感に震えながら。またある者は確固たる自信を持って。はたまたある者は淡々と、何ら反応もなく。
だがそれらは例外なく、サモン・サーヴァントを完成させていた。火竜を呼び出すものも居れば土竜を呼び出す者も居る。妖精を召喚し、珍しいものは亡霊を召喚した者も居る。
そう、例外なく全員――私を除いて、の話だが。
かく言う私は最後の最後――此度の召喚の儀を見守る教師、コルベール師に呼ばれて皆の前に立つ。
やはり、その場を見据える者達は口々に言う。
『はっ――ゼロのルイズが最後か』
『どうせ今度も失敗に終わるだろう』
『確かこの儀式が出来なかったら留年だっけ?』
『いい気味だ』
『いや、全くそのとおり』
嘲笑、失笑、無関心。
あらゆる悪意が、私の背中に突き刺さる。この感覚はいつまで経っても慣れるものではなかった。何度繰り返されても、慣れることのない悪辣な試練だった。
だが――今回は。この儀式だけは絶対に成功させなければ。
云わば此度の儀式は、己に課せられた最終処置。成功すればそれで良し。失敗すれば――先ほど生徒の一人が呟いた通り、留年である。
気の弱い者、あるいは勉学に関心のないものは気にも止めないだろうが、私は我慢ならない。
私という個を嬲るのは良い。だが、私に流れる血が、私の家が、私のその失敗の所為で幾分にも名が傷つけられるのは我慢ならない。
失敗はそれだけで侮蔑と同義。故に私は覚悟をしてこの場に立った。せめて……せめてこれだけはと。
息を吐く。この場に充満する悪意に塗れた空気を吸う。気になど止めない。無心となる。
思い描くはただ一つ。明確に夢想する。確固たる幻想を現実に打ち立てるために。
心の中で浮かべる術式。その一つ一つを丁寧に繋げ、魔力を伝播させる。
唸る魔力の制御は何度やってもコツはつかめない。だが、それでもやるしかない。
用意は万全、式も完璧、周囲の悪意を遮断、己の世界に閉じ篭る。
詠唱。
『宇宙の果てのどこかにいる、私の下僕よ――』
無心の中で、そう切に願う。
『神聖で美しく、そして強力な使い魔よ――』
無心の中で、誰でも良いと願う。
『私は心より求め、訴えるわ………』
詠唱と、無心の内に秘められた感情が重なる。
『私の導きに――どうか、どうか応えて!!』
願いを世界の果てへと向ける。この世の者でなくて良い。あの世の者でなくて良い。どちらでもかまわない。
……せめて。私の“今まで”をカタチにするために。同情でも、哀れみでもいいから。
わたしのこえに、こたえてください。
◆◆◆
《いかで我 こころの月を あらわして》
《闇に惑える ひとを照らさむ》
◆◆◆
視界を白に染め上げる輝きの中で、まるで金属を何かで打った時のような甲高い声が頭の中に響いた。
魔力が爆裂し、行き場のない力がその場で空気を燃焼して爆発を伴う。
盛大な破裂音が聞こえ、もくもくと白煙が膨大に広がっていく。教室の一帯が噴煙に覆われ、前方を視認することも侭ならない。
“いつもの現象”。私が魔法を使った際、絶対に起こる結果――爆発。
私の脳裏に過ぎる、失敗という二つの文字――今の今まで耐え抜いてきた涙腺が、この場に来て崩壊の一途を辿りかけていた。
私は凡才よりも劣る無才だった。無能にすら至れなかった。
所詮、私はゼロだったと。我が身に培われた努力の全てが無駄だったという証明が、眼前に広がっていた。
「げほっげほっ――たく! まぁたゼロのルイズが失敗しやがったぜ!」
「けれど、サモン・サーヴァントを失敗したってこたァ、アイツ留年決定だな! おめでとう、ゼロのルイズ!」
渦巻き、響く嘲笑。
悪意は心を突き刺す刃となって、私を貫く。
もう、我慢の限界だった。矮小な私の身体では、彼らの言葉という悪意の濁流を堰き止められない。
頬が熱くなる。目頭が熱くなる。心臓が正常に動かない。呼吸さえ正常に働かない。
結局、私の声に応えてくれるものは世界中に誰一人いなかったのだ。
そう心の中で嘆いた瞬間である。コルベール師が驚愕した声色で叫んだ。
「――皆さん、お静かに!! “何かが居ます”!!」
コルベール師の声が皆の耳に入った刹那、白煙の中から巨大な――とても巨大な影が蠢いた。
目測しても、人の二倍くらいはあるであろう、巨大な影はその身体をゆらゆらと揺らす。
真逆。私の心がそう思った時――先ほど脳裏に過ぎったモノと同じ“声”がぴりぴりと響いた。
《……現状の理解、全く以って不能。一体、何が起こっていると言うのだ――》
揺らめいた巨影が、白煙の中から姿を顕す。
それはとてつもなく大きな蟲――“百足”だった。後部に付随する何本もの足が、その巨大な身体の姿勢制御を成し、起き上がらせている。
だが、その百足は巨大だけではない。……その蟲の身体は全て“鋼”で形作られていた。否、鍛造されたと言うべきか。
蟲の中でも百足とは本来、害虫として知れ渡る。その醜悪な外見にそぐうかのように猛毒を持つ百足は、人間達にとって嫌悪すべき生命である。
なのにこのとてつもなく巨大な百足は――その外見からは考えられぬほど、精緻かつ流麗な造詣を思わせる。まるで、人が造った芸術品のごとき美しさが内包されてるかの様。
「そ、そんな……ゼロのルイズが、サモン・サーヴァントを成功させた――!?」
「嘘だろ――!?」
「そんな馬鹿な!」
「人語を介する鋼の蟲……? そ、そんなモノ、聞いたことなんてないぞ!」
生徒の驚く声が響く。だが、彼らよりも驚愕に打ち震えているのは自分自身だった。
未だに頬の熱さは冷めない。目頭の熱さも下がらない。鼓動なんて不規則に律動し、息をすることが難しい。
だが、それら全てが先程の苦しみとはワケが違った。あるのは歓喜――その一言だった。
ゼロのルイズと……落ちこぼれだった自分が、はじめて魔法を成功させた瞬間なのだ。それをどうして、おちついて思考していられようか。
だけどそうしてはいられない。沸騰する感情を無理やり押さえつけて私はその百足へと歩み寄る。
《――童女? 何用か》
百足から放たれる疑念の声が、頭に響く。
歓喜のあまりに言葉を出せないかと思ったが、人の頭とは便利なもので、こういう時に限って冷静になるものだと自覚する。
「私の名はルイズ。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブランド・ラ・ヴァリエール。貴方を呼んだ張本人よ」
《――! 御主だったか……かの光の中で聞こえた声のぬしとは》
鋼の百足も、思うところがあったのだろう。無機質な眼でルイズの姿をまじまじと見据えている。
“彼”も、私と同様に驚いているのだ。だが、物事の順序自体は理解できているらしい。私は激動する胸を押さえつけながら、言葉を続けた。
「ねぇ――貴方の、貴方の名前を教えてくれるかしら」
震えた声で、だがしっかりと言う。
“彼”は多少、考える素振り(?)を見せながら――凛然と己の名を応えた。
《―――我は真打劔冑が一つ……“井上和泉守国貞”》
《銘を、“真改”》
【一発戯話】装甲招魔 真改
第一編「邂逅夜」 完