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 永劫と続く無限螺旋のその一端。
 ひと欠片の物語。復讐に燃ゆる魔術師の終局へ向かう物語の前日譚。

 ◆◆◆

 斬魔大聖デモンベインSS
 『機神幻夢』


 ◆◆◆

 アメリカ大陸最北端に位置する、アラスカの最奥。氷点下四十度を下回る程の厳しい極寒の大地にて根を張る一族がいた。
 彼等は遥か太古の昔から脈々とその地で子孫を残し、現代まで“生き残っている”。それもこれも、彼等が信仰する“とある神”と密接な関係があるらしいのだが――詳細は解らない。
 そんな彼等の一族は、外より来る人間達の存在を頑なに拒み続けてきた。この極寒の大地は神が臥す聖なる巣窟だと。人類如きが踏み入ってはならぬ場所だと。
 この地を治める彼等は他者との交流というものを禁忌とし、189X年代、人類が遥か高みに躍動する黄金時代の中で、ただ淡々と静かに、誰にも関わる事無く居座り続けていた。
 そんなある種“異世界”と化した土地に、とある男が訪れた。全身を布で隠した小柄な人間だったが、彼が纏う歪なナニかは明らかに他の人間とは違うと、彼等は感付く。
 だが、それが何だと言うのだ。彼等は言い様も無い違和感を持ちながらも、外から来た招かれざる客に告げた。


「ココハ、オマエノヨウナ者ガ来ル場所デハ無イ。早々ニ立チ去ルガ良イ」


 敵意、殺意、滅意、怨嗟。ありとあらゆる拒絶の感情を顕わとし、彼等はその男に対して威嚇の体制をとった。
 その様子を見て、男は嘲笑した。嘲笑しながら、男は突然彼等に交渉を持ちかけてきたのだ。


「君達の神を、この世界に産み落としてやろう――その代わりと言っては何だが、私がこの地に入ることを赦してほしい」と。


 彼等はその言葉に驚愕するよりも先に、激怒した。
 幾らその男が今までの人間達と違おうとも、一族以外の部外者にこの地に入らす事は決して赦してはならないと。
 ……何よりも、人間の身で我等が神を産み落とす? 愚弄という言葉さえ生温い侮蔑ではないか。彼等は怒りのままに殺意という刃を振り翳した。
 ある者は殴りかかり、ある者は斧を持って斬りかかり、ある者は銃火器を使用し、その男を殺そうと襲い掛かっていった。
 ありとあらゆる攻撃が男に突き刺さり、生気がまるでない色彩をした深紅の血液が白い世界を染め上げる。

 ――布で隠れた男の口は、やはり嘲笑で歪んでいた。

 瞬間、白の世界を染めた深紅――血液が、彼等が知覚する事無く、突如として“凝結”する。
 余りに鋭利に尖ったその血液が飛礫(つぶて)となって、彼等の頭上に降り注いだ。男の周りにいた彼等は成す術なくその血の雨に濡れることとなる。
 彼等は脳天から蜂の巣にされ、その鮮血を積もった雪の上で華の様に咲かせた。――余りに魔的な処刑場だった。人知を超えた恐怖が、其処に顕現していた。
 彼等のうち、たった数人だけ生き残り、残されたものは皆その男を見た。致命傷だった傷が沸々と治癒されてゆき、最後には出会った時と同じ無傷の姿と成り果てている。

 ――恐怖を催す彼等を視線で射抜き、男はやはり嘲笑した。


「さて、もう一度問おう。この地に踏み入らせてほしい。その対価として、君達の神をこの世界に現臨させてやろう――」


 恐怖に取り憑かれた彼等は、その魔性の言葉にただ頷くしかなかった。


 ◆◆◆


 それから幾許かの日夜が過ぎ去った頃。
 彼等一族の前に、浅黒い肌をしたアラブ系の男性が姿を現した。黒衣の洋装、黒いシルクハット、黒いステッキ。それらを纏い携えた男性は傍から見れば奇術師の如き風体である。
 このような極寒の地に、そのような装束で来るのは狂気の沙汰だ。見てくれ通り、充分な防寒装備すらも持っていない。
 彼等はその怪しげな男性を見て、無感動な表情で告げた。

「ココハ、オマエノヨウナ者ガ来ル場所デハ無イ。早々ニ立チ去ルガ良イ」

 それを聞いた男性は、彼等と同じ様に無感情の表情で問うた。

「数日前に、全身を布で纏った老人を見なかったか」

 男性の言葉に、彼等は反応しない。
 その様子に呆れることなく、やはり表情を変えず男性は再び問うた。

「“ラアル・ロブディ”という名だ。知っている者はいるか」 

 その名前を聞いた瞬間、彼等一族の表情に一つの感情が生まれた。
 彼等は男性の姿をまるで舐め回すかのように射抜き、やがて各々に口走る。

「オマエカ」「オマエダナ」「彼ガ言ッテイタ愚カ者トハ」「貴様ノ事カ」

 無感動だった表情がだんだんと歪む。口元が上に引きつき、異常に伸びた犬歯を見せ付ける。
 それと共に、長身痩躯であった彼等の肉体が、劇的に変化してゆく。
 痩せ細った腕の筋肉、骨が刹那のうちに膨れ上がり、その体躯までもが巨大化してゆき、体長はゆうに4メートルは下らない程の大きさになったのだ。
 視ただけでも解る。彼等の全身は、総て生命を容易に殺戮し尽くせることが可能な兇器と化している。
 彼等一族は嬉々として呟いた。“狂気”――感情を“奪われた”彼等が唯一発現できる想起だった。



「殺ス」「殺ス」「殺ス」「アノ方ノ名ヲ呼ンダオマエヲ」「矮小ナル魔術師ヲ」「殺ス!」「殺ス!!」「―――殺スッッッ!!!」



 純粋無垢なる殺意が犇く。雪嵐荒ぶ極寒の地にて燃え立つ、唯一無二の狂気が燃焼された。
 降り積もった雪の中、その巨躯から想定できない在り得ざる速度と軌道を持って縦横無尽に巨人たちが疾駆する。
 縦に、横に、上に、正面に。喩え後退してもこれだけの数と速度、到底逃げられやしない。
 ――いや、この黒衣の男性は逃げようという素振りさえしなかった。男性は彼等に聴こえぬ程の小さな声で“詠唱”した。


 “……ヴーアの印に於いて”


 ステッキを握っている右腕を前方に掲げ、それを奇怪な印を切った左手の五指でステッキを撫でる。
 ――瞬間、狂気という名の熱のみが発現する地において、正気の沙汰ではない呪術的な熱が……焔がステッキに迸った。


 “力を――与えよ”


 ステッキの全身をその焔が覆った瞬間、幾何学的な光の結印――字祷子粒子が駆け巡り、新たなる物質へ“鍛造”される。
 歪み曲がった刀身が赤熱し、呪術的に急激に冷却され……男性が持っていたステッキが、刃にして触媒なる黒杖(ブラックロッド)へ生まれ変わったのだ。

 彼等はソレに反応するほどの理性を持ち合わせていなかった。狂気に侵された脳がありとあらゆる思考回路を遮断し、単一目的の為のみに動き続けている。
 狂犬病とはよく言ったものである。本能でも野性でもない“狂気”は勘さえも鈍らせ、ただただ愚直なまでに吶喊してくる。
 なれど侮ってはいけない。彼等の肉体は常軌を超えた急速進化の果てに、人間程度では抗うことすら出来ない人外として新生しているのだ。
 全身兇器と化した彼等を前には、総ての抵抗が泡沫に霧散することだろう。
 恐怖と驚異の権化と成った彼等が襲う矛先、謎の刃を手にした男性の身体を両断できる領域に入った瞬間、彼等の脳内で分泌された刺激成分が限界値に達した――その時である。

「―――――ア、?」

 無意識に出た呻き声。理性と本能を奪われた彼等が吐いた在り得ざる感情――疑問が声となって響く。
 男性の腕に握られていた刃が突然、“消失”したのだ。何事かと思った瞬間、彼等の耳に“大気を切り裂く音”が掠めていった。
 彼等は何があったのか、気付く事は無い。強靭かつ鉄壁なる身体を横切った、在り得ない速さで回転する“ソレ”を視認した時。彼等の肉体に一つの線が浮き出た。
 それを皮切りに、彼等の身体が“ずれ込んでゆく”――刹那、その線から夥しい量の鮮血が舞った。両断され、降り積もった雪の上に堕ち逝く彼等の身体。
 鮮血さえも浴びぬ程の切れ味を持った“黒杖”が、まるでブーメランのように男性の手元に戻ってきた時、この場所には彼以外生きている者は存在しなかった。
 在るのは――見事なまでに二分割された彼等の死骸のみ。


「獣人(ライカンスロープ)……やはり、奴は此処に居る」


 男性――“アズラッド”という名の魔術師は、確信めいた独り言をごちながら、何の間髪無く再び黒杖……“バルザイの偃月刀”と呼ばれる業物を投擲。
 凄まじい回転を持続して大気を切り裂いてゆく偃月刀が、死角にして障害物と化した大岩に激突……否、切断した。
 それと共に舞う血の嵐。切断した大岩の背後には、伏兵の獣人(ライカンスロープ)が断末魔の声さえ上げられず、首と胴体を切断され絶命する姿が見て取れる。
 だがそれでも偃月刀の追尾は終わらない。
 術者の意思によって駆動する魔刃はこの豪雪の中、視覚情報の得られぬ死角と化した場所に潜む獣人たちを第三の眼――呪術的な霊視(グラムサイト)によって索敵し尽くされ、その総てを両断し続ける。
 吹き荒ぶ雪と共に降り逝く深紅の血の嵐。白と紅の二重螺旋が彩る世界は、余りに残酷めいた美しさを魅せつけた。

 だがその瞬間、アズラッドの行使する霊視の索敵は、在りえぬ事象を伝えてきた。
 この極寒の地では、死体となった彼等はその肉を腐敗されることなく凍てついてしまう筈だ。
 ……なのに、彼等の切り離された胴体の傷口から腐臭が湧き出た瞬間、切り離された上半身と下半身、首と胴体、右半身と左半身が互いを求めるようにくっ付き合い、生々しい音を滴らせながら結合していく。
 余りにおぞましいその儀式が終わったとき、死体と化した筈の彼等が、まるで何事も無かったかのように起き上がったのだ。
 生命の光が宿らぬ、冥い色のした眼でアズラッドを射抜く。アズラッドはそれに動じる事無く、至極冷静に今の事象を鑑みた。
 このような術式は彼等が自発的に展開したモノではない事をアズラッドは気付いていた。とするならば、やはり彼らがこのような屍体として動き続けているのも――

(ロブディが、奴等に何らかの細工を仕掛けたか)

 断ずることが出来る。アズラッドは再び手元に戻ってきたバルザイの偃月刀を構え直し、彼等と相対した。
 なに、このような屍など斃す方法は幾らでもある。例えば、そう、例えばだ――


 ◆◆◆



「さぁ――儀式を始めよう。神の召喚を」
 
 老いた人間の声が、響いた。



 ◆◆◆



 ――その時、突如として異変が起こった。
 大地が震撼する。アズラッドでさえも顔を歪ませ、その場で膝を折らざるをえない程の大規模の地震が発生した。
 雪が降り積もった大地に亀裂が奔り、分裂してゆく。刹那の内に作られてゆく大穴(クレパス)は、底の見えぬ深淵への扉として顕現する。

「――ッ!?」

 突然起きた異常事態の中で、アズラッドは耳にする。屍と化した彼等の“歓喜”する声を。


 ――来タル! ――終ゾ来タル! ――風ニ乗リテ来タル!
 ――神ガ! ――我ガ神ガ! ――我等ガ神ガ!!
 ――イア! ――イア!! ―――イア!!!


 大地震によって亀裂が奔った大穴の淵の底から、禍々しい気配――彼等の嘆願の声を聞き届け、それに呼応するかのように魔力が沸き起こる。
 空に突き出た氷河の尖突に移動したアズラッドは霊視をするまでもなく、その儀式を目の当たりにした。大地震によって出来上がった亀裂が、この大地の上で円を描いていることに気付く。
 荒々しい図式だが、それは実に幾何学的な模様をあしらわれてあり、正しくそれは魔方陣……それも召喚術式用の陣だったのだ。
 驚愕するアズラッドを尻目に、儀式は着々と、とてつもない速度の内に執り行われてゆく。

 ――フングルイ・ムグルウナフ! 
 ――イタクァ! ヤァ・ウェンディゴ!
 ――イグガ・ズゥ・フグムゥ!

 ――イア! イタクァ!!

 彼等の絶叫とも取れる嘆願の声が、異界の風を呼び起こした。
 その風が吹き荒んだ刹那、屍体となっている彼等の肉体がまるで雪のように塵芥となって、上へ向かう嵐に乗って曇天の空を創りあげる一端と成り果てる。
 巻き起こる暴虐の魔力が、極寒の大地の上にて生きている生命の総てを凍結させ、その生命を吸収してゆく。
 ……冥い空の狭間、紅い二つの眸がアズラッドを射抜いた。その瞬間、アズラッドの身体に言い様も無い怖気が奔る。
 彼はあの存在の名を識っている。彼の持つ“本”に、奴の記述が明確に記されていたからだ。
 だが、記述上でしか知りえないその存在を目の当たりにした瞬間、やはり人類の既知の上を征く存在ということを改めて知る事となる。

 風に乗りて来たるもの、“イタクァ”。奴は己の信徒であった彼等の命を糧として、遂にアラスカの地にて現臨を果たした。


 ◆◆◆


 皮膚をも引き裂く冷やかな轟風は、それこそ常人であるならば、その場の状況を幾分かだけでも理解出来ているとすれば、魂さえ凍てついてしまうほどのおぞましき恐怖の風だっただろう。
 我々人間の既知を超えた絶対険悪たる存在が奏で、荒れ狂う冷気は何者であろうとも――それが喩え旧支配者の眷属だったとしてもだ――燃え盛るような灼熱の如き二律背反を有する冷気によって、
 焼き焦げていくかのように魂の髄から凍てつき、砕かれ、滅ぼされる事は明白である。
 この極寒の世界が深淵にて君臨せし旧支配者、風に乗りて来るもの――イタクァの発する、常軌を逸した絶対零度の吹雪を前にすれば、誰もが戦慄せざるを得まい。
 なのに、そんな冷界の絶対者を前に、なんら恐怖をも持たずして立ち尽くす影――人間の男性。
 男――アズラッドは、この極寒の地獄の最中、全くもって寒がるふうも無く、貴族然とした服装を翻した。
 まるでその姿は奇術師(マジシャン)を思い起こされる。マントに似た黒衣の外套が雪嵐の中ではためいて、その姿はさながら嵐に挑む翼のよう。

「――“D∴D∴(ダークネス・ドーン)”は、こんなモノまでをも召喚せしめることが出来るのか」

『莫迦を言え、我が主。あの出鱈目な魔力構成、アレはただ『イタクァ』の形と力を魔力のみで構成した、贋作以下の紛い物よ』

 刹那、アズラッドの傍らから声が――それも少女の声だ――が聴こえた。
 何処までも可憐であり、神秘的である透き通った声色は神聖を超えて何処か魔性じみている。初めて耳にする者ならばたった一声のみで淫靡なる誘惑に囚われかねない魔物の声だ。
 だがそんな声になんら関心など持たないアズラッドは、ただ目の前の存在……此処の原住民から『ウェンディゴ』などの異名で呼ばれる風神を見据えるのみ。その表情にはなんら陰りも色も光も無く、ただ只管に無表情である。
 感情の一端すら表に出さず、アズラッドはその“少女の声”に向かって再び問うた。

「脅威では在るが、問題は無いと言う事か」

『そう考えてもらって結構だ。あんな旧支配者の名と体を借りただけの存在など、我が鬼械神でどうにかなる。――まぁ、本物の『イタクァ』で在れば、流石の妾も如何しがたいが』

 返される言葉にアズラッドはただ「そうか」と肯定の一言だけ述べ、大気の壁の果てに居る『イタクァ』の姿を射抜き続ける。
 吹き荒ぶ豪雪の果て、巨大な影とおぞましき眸を向けし神性は、誰から見ても解るであろう敵対心を顕わとした。
 風が渦を巻く。風速は最早観測領域を超え、超次元的なまでに吹き荒び、この大地一帯の全て――それこそ、あの天に聳え立つ高山でさえも砕きかねない程の力を有した嵐へと変貌を遂げる。
 生けとし生けるモノ、死して死するモノ、その狭間に立つモノ、そもそも命という概念が存在しないモノの存在を全て凍結させ粉微塵に還す神威の風だ。
 喩え旧支配者たる『イタクァ』の紛い物とはいえ、その力の一端はもはや人類が持つ既知の外を征く、理解不能の超常現象である。
 逆巻き、渦巻き、立ち昇り、呑み込み、狂える、大気さえ切り裂き、三次元を超えた“壁の果て”より来る神聖かつ魔性の気流。
 荒ぶる神の力が顕現、外宇宙の暗黒恐怖の大気が、この世界を侵す。殺す。犯す。滅す。乱舞する。

 だが――そんな滅意の限りを込められた憎悪の風を前に、なんら恐怖の色さえ見せぬこの男こそが、人類の既知を超えた理解不能の存在なのかもしれない。

「このような場所で、もたついてなど居られん。一気に蹴りをつけるぞ」

 暴風が襲来する中で、アズラッドは自ら纏う外套の中から、一冊の“書”を取り出した。
 身の毛が弥立つようなおぞましい装飾が施された本――その本が“自らの意志”で頁を開き、アズラッドの身体を中心にその頁の一つ一つが渦を巻くように連なってゆく。
 その中で、アズラッドの傍らに、見るも可憐な少女が寄り添う。何処までも深く、無垢な翡翠色の眸。余りに白く透き通った魔性の肌。靡く蒼白い絹の如き髪。
 彼女こそは狂えるアラブの詩人『アブドゥル・アルハザード』が狂気のままに執筆し完成させた書、ありとあらゆる外道の知識の集大成として書き記されたおぞましい邪悪の力の片鱗を持つ、世界最強の魔導書(グリモワール)。
 魔物の咆哮の書、世に名高い『死霊秘法(ネクロノミコン)』が原典、“アル・アジフ”そのものである。

『了解した、我が主アズラッド。思うが侭に、あの出来損ないを永劫に続く虚無の只中へ還すが良い――!』 

 刹那、アル・アジフの口訣のもとに頁の一つ一つに莫大な魔力が込められ顕現する。
 その一つ一つがアズラッドの身体へ癒着し、魔導的概念/呪術的儀式を体外に形成=複雑系列化する術式の流れが第六感を主にした神経回路を介して魂の髄まで伝播/装着。
 光輝の中において爆誕し新生するアズラッドの身体。鎧染みた漆黒のスーツ/額から浮き出る異形の角=魔導書『アル・アジフ』の力を借りて、呪術的に纏われた戦闘装束=魔術師形態(マギウススタイル)。
 世界最強の魔導書から伝達される膨大な魔力の滾りはそれこそ底が無く、今此処に、比喩無くして人類最強の魔術師(マギウス)が産声を上げた。
 その名こそ、世に名高き“死霊秘法の主(マスター・オブ・ネクロノミコン)”。
 なれども、世界最強と言われるも所詮は魔導の力を手に入れた“だけ”の存在。外道の権化たる旧支配者を相手に生身で挑みかかるなど、それこそ無謀といえる。
 だがしかし、外道の知識の集大成とも呼べる“アル・アジフ”の内に刻まれた記述のうちには、ソレすらも打破しかねない究極の鬼札が存在する。

 アズラッドは滾る魔力を全身全霊で燃焼させながら、力の限り、其の祈りを口訣した。




「――永劫(アイオーン)!
 時の歯車、断罪の刃!
 久遠の果てより来たる虚無――
 ――永劫(アイオーン)!!
 汝から逃れ得るものは無く、汝が触れしものは死すらも死せん!」




 暴風の中、陽光さえ届かぬ曇天の下。独りの男を中心に世界が音を立てて軋み、爆砕し、新たなる世界が構築されていく。
 字祷子(アザトース)粒子が流転する/世界を塗り替える術式を構築/死すら久遠の彼方に追いやる超時空の因果律が人型を形成する=ありとあらゆる事象内に介入可能である、全能なる神の生誕。
 風さえ切り裂いて、嵐の逆巻く時さえ停止させ、虚無の彼方より降臨する刃金の神――魔導書『アル・アジフ』が鬼械神(デウスマキナ)、『アイオーン』である。

 白の世界で異物とさえ思える灰色の装甲は虚無を現し、久遠の時を見据え続けた其の眼の紅は決して色褪せる事なき永劫の色彩。
 余りに圧倒的な神々しさに、紛い物の『イタクァ』はその身を驚異が襲い、戦慄する他が無かった。

「“D∴D∴(ダークネス・ドーン)”……いや、“ラアル・ロブディ”の居場所を炙りだしてやる。悪いが、早急に決めさせてもらおう」

 翼を持った刃金の神――アイオーン/アズラッドは五指を巧に行使し、幾何学的な形……“ヴーアの印”を虚空に刻み込む。
 それと同時に、魔導の力を先端に集約し構築し解き放つ。詠唱。

 力を与えよ!
 力を与えよ!
 力を与えよ!

 刹那、鬼械神アイオーンの右腕より魔力が渦を巻き、灼熱の炎が顕れ出でて、明確な形――刃として“鍛造”された。
 魔導の力を高める杖刃、“バルザイの偃月刀”――アイオーンの巨躯に似合うまでに巨大化されたソレを握り、その場で軽やかに剣舞を踊る。
 嵐の中でありとても一寸の狂い無く完全に舞い踊る様は余りに神秘染みているとしか言い様がない。

 が、その舞をただ見続けるだけのイタクァではない。イタクァは驚異による金縛りから解放され、憤怒の限り吼え猛る。


 “■■■■■■■――――――ッッッ!!!!”


 最早、暴虐という言葉さえ生温い、憎悪と憤怒に灼けた咆吼。それに呼応するかのように一層激しくなっていく極低温の轟風。
 遥か過去、地球外より飛来した隕石の衝突により訪れた、悠久に続いた氷の時代へと遡るかのように、ありとあらゆる物が凍てつき、砕かれ、また凍てつく。
 世界を侵す、邪悪なる絶対零度の魔風。万物を塵芥へ還す狂気の嵐が、鬼械神アイオーンを襲う。

「甘い」

 なれどアズラッドは極寒の最中で尚も冷徹なる声とともに、非情と破滅を孕まされ、振るわれた断罪の刃が、邪神の寒波さえも断ち切った。
 余りに高位に位置する“術式粉砕”術式。寒波を構成する魔力、その魔力を顕現させるに至る術式を断絶する計算式。
 世界を識り、改竄し、構成し、創造する、正に規格外の位階に達する稀代の魔術師“死霊秘法の主”だからこそ行使出来るであろう、理不尽なる一撃を前に、世界を侵す冷気は瞬く間に風塵に帰す。

 氷結された世界の中で、灼熱の刃を携えた機神が、その紅眸を煌かせた。
 この状況を好機と見たアズラッドは絶大なる魔力を以ってしてその身を鬼械神ごと焼き焦がしてゆく。

「“アルハザードのランプ”、燃焼!」

『ッ! 待てアズラッド、逸るな! その出力で“アルハザードのランプ”を起動すれば汝は――!』

 アル・アジフの警告の声など無視して、アズラッドは己が命を“炉心”に組み込んだ。
 その口訣と共にアイオーンが心臓部にあたる箇所に莫大な魔力が産み堕とされた――霊燃機関“アルハザードのランプ”による過度に極まる霊子生産。
 操縦者の命を代償として、大儀式に匹敵する程の量を汲み上げる魔力精製が唸りをあげた。
 突如として湧き上がる、呪術的熱伝導はアイオーンの間接部、翼部の狭間から焔として噴出し、その装甲を超過熱(オーバーヒート)により黄金色へと染め上げる。
 時をも凍らす極寒の大地すら灼き焦がす、暴虐の熱が吹き荒れた。翼部と間接部から噴出す爆炎(フレア)を広げる様は正に不死鳥が如き威容。
 その奥義の名は『焦熱飛翔』。鬼械神アイオーンが持ちうる呪法が一である。金色に白熱するアイオーンの装甲を前に、紛い物のイタクァが奏でる絶対零度の風はもはや通用しない。
 冷気を灼き滅ぼす魔導の熱を纏いて、永劫の名を持つ機神は飛翔した。その巨体に到底似合うことは無い超加速は背部の飛翔機構『シャンタク』のオーバードライヴによるものだ。
 物理法則を超えた軌道を実現するシャンタクのバックアップにより、今やアイオーンは灼熱を纏った大質量の弾丸と化す。
 
「オ、オ、オ、オォォォォォォ――――――!!!」

 ――咆吼/クライ。
 喉を潰しかねない程の怒号を轟かせながら、アズラッド/アイオーンは隠れ蓑と化した大気の果てに存在するイタクァへ吶喊した。
 だが大気の壁を破るには、それこそ超音速に至らなければならない。シャンタクによる超加速を加算したとしても、アイオーンがその壁を破ることは叶わない。

 ――されども、その既知の内にある法則を捻じ曲げる外道の法を識り、既知の外に位置する法へ改竄し、駆逐する存在こそが魔術師(マギウス)だ。
 凄まじい重力過負荷の中でアズラッドは更に術式を装填/それを可能とすべく、更にアルハザードのランプへ己の魂をくべる=変幻+呪法重複/強制連結=――機動呪法(シャンタク)、“二重召喚”。
 背部に存在したシャンタクに、幾何学的な魔術文字が加わり、アイオーンの巨躯を包み込む様に“更に”シャンタクが顕現した。
 たった一つだけでも、この世界の法則を凌駕しうる軌道を実現するシャンタクが、文字通りそのエネルギーを二乗させ、爆発する。
 アイオーンは二つのシャンタクが実現させた超々加速によって極低温の大気を砕いて穿ち、破壊し破滅させながら直線上の先へ突撃(アヘッド)。灼熱の劫火を纏いて世界を蹂躙する弾丸を止める術など何処にも存在しない。
 大気の壁と鬼械神の鬩ぎ合いの中でアイオーンは物理的/呪術的に臨界点を向かえ、物理法則と魔術法則が互いに侵し、交わり、融解し、融合し、遂に既知から“外れる”。
 並大抵の攻撃程度では傷一つ付けられない、超高位次元の存在たる旧支配者だとしても、まともに喰らえば危うい領域に踏み込んだ鬼械神アイオーンの突撃が、防壁と化した大気を木っ端微塵に突き破り、終ぞイタクァの身体を捉えたのだ。


 “■■■■■■■――――!?!?!?!?”


 ――絶叫/クライ。
 大気を木っ端微塵にされた時点で、アイオーンの突撃力の大半が失われながらも、イタクァの身体に大穴が穿たれ、その巨体が仰け反った。
 この世在らざる色彩の血液を撒き散らしながら、イタクァは余りに苛烈な痛覚を前に慟哭する。
 
 斃すには至らなかったかと心の内で苦言を漏らしながら、アズラッドは苦々しく顔を歪めた。
 シャンタク“二重招喚”によって実現した、物理限界を超越する軌道により巻き起こる凄絶な重力過負荷は、呪術的防護を敷くアズラッドでさえも苦悶の表情と嘔吐感を催す程だった。
 だがその代償は決して無駄ではない。曇天の空で二つの眸を開くイタクァに、物理的/呪術的に損傷を与えきれる熱量を纏った突撃は、世界を侵す冷気をも侵しつくし、氷荒と成り果てた大地をも融解させる。
 暗雲さえも蒸発され、かの旧支配者の姿が現れた。白く、何処までも白いソレの形容は人類の既知の範囲内で言語化するならば、それはまるで鳥の様であり、竜の様でもあった。
 アイオーンの突撃によって身体は満身創痍でありながら、その威容は正に「神」の名に相応しい。
 だが、彼の旧支配者から発する神気のソレは余りに脆弱。これが、紛い物として堕胎された存在の限界か。
 アズラッドはそれを勝機と見た。バルザイの偃月刀を握る掌に滾る魔力を篭めて、一気に決着を着けようとした――まさにその瞬間であった。

 予兆も、痛覚も、感覚も無く――アズラッドの口から大量に、細胞が死滅し、黒色化してしまった夥しい量の血液が吐き出された。

「ゴフゥヴッ……ガァ、!?!?」

『アズラッド!?』

 血溜まりと化した操縦席の中で、その異常に気付いたアル・アジフはアズラッドに駆け寄った。
 誰から見ても解るであろう、生気を根こそぎ奪われたかのような、血の通ってない顔色。定まらぬ瞳孔。
 意識さえも朦朧となり果てようとしている中で、必死に抗い、何とか意思疎通出来る程度に耐えれたのは奇跡と言っても過言ではなかった。
 常人では到底耐えることなど出来やしないであろう、虚脱した力と精神の鬩ぎ合いの中で、互角に拮抗するまで持ってゆく彼の精神力は余りに常軌を逸していると言って良い。
 或いは、それこそ“死霊秘法の主”たる所以なのかもしれない。だが……それでも、“次”は危うい。

『何を無茶な……だから言ったであろう!? あの程度の存在に、あれ程の魔力を炉心に奉げるまでも無い筈だ――もう一度言おう。逸るな、アズラッド!』

 焦熱飛翔により白熱化したアイオーンの装甲から朦朦と煙が立ち昇る……術者であるアズラッドが、その魔術維持を放棄して斃れてしまったのだから当然の帰結だ。
 今はまだその莫大な余熱によりイタクァの放つ極低温の魔風から逃れてはいるものの、時間がたてば此方が危機の淵に追いやられる。
 アズラッドの身体に応急処置の域を出ない治癒魔術を展開しながらアル・アジフは再び忠告するも、アズラッドの弱りきった顔色の中には、反省の色が欠けていた。いや、聞く耳すら持たぬ気であろう。
 満身創痍の身で、アズラッドは再び立ち上がる。乱れた呼吸を無理に直して、再び魔力をアイオーンに伝達させて焦熱飛翔を再起動した。

『アズラッド!!』

「分かっ……て、いる」

 もはや激昂に近いアル・アジフの叫びとは対照に、何の感情も力も無くアズラッドは首を縦に動かした。
 真に理解して言った肯定でないことは明白だ。アル・アジフはその態度を目の当たりにし、“いつもの事ながら”、歯軋りを起こさずにはいられなかった。
 だが、彼女達は気付かない。その一瞬の隙こそが、絶対的な死相を描くのだ。

“■……■■、■■■■■■■■■――――!!!!!”

 この刹那の間は、イタクァにとって恰好の瞬間であった。
 熱と冷気の互角以上の拮抗の果てに、僅かであれ熱度が低下したのならば、それを一瞬のうちに覆す事は紛い物のイタクァとて容易い。
 アズラッドの文字通り決死を賭した魔力生産による超加熱であったとしても、それすら上回る極々々低温の冷気がアイオーンの加熱を阻むのだ。

 アイオーンの眼と鼻の先で、イタクァは魔性の嘲笑を浮かべた。
 イタクァの腕とも翼ともとれない触覚器官がアイオーンの左腕を“掴む”。その瞬間に焦熱飛翔によって過熱された装甲が氷結していく。
 最早、硝煙さえも上がらない。瞬く間に氷漬けにされた左腕は、幾ら超常の力を誇る鬼械神であったとしても、壊すどころか指一つ動かすことさえ不可能だった。

『ぐぅッ!? ……おのれ、調子付けおって!!』

 予想外の、いや想定の範囲内の筈だった。『機神招喚』、『魔刃鍛造』などといった高位の魔術を連続して行使し、果ては“アルハザードのランプ”による『焦熱飛翔』、機動呪法(シャンタク)『二重召喚』。
 何連続もの魔術行使は、アズラッドにとって荷が勝ちすぎていたのだ。アル・アジフは、主の行動を止められなかったことと、己の巡りの悪さに、腹が煮え繰り返るような思いに苛まれた。

 だがそう愚考する間にも、イタクァは更にアイオーンの氷結した左腕を掴む触覚器官に力を篭める。
 絶対無比な腕力を前に、満身創痍のアズラッドが駆るアイオーンも抵抗するものの、やはり力の差は歴然だった。
 軋む音と共に、亀裂が奔ってゆく鬼械神の腕。ゆっくりと侵食していくソレは遂に肩にまで行き届き――そして砕け散った。
 夥しい水銀(アゾート)の血が乱舞する。それと共に鬼械神と人機一体を成したアズラッドの左腕にも、まるで根こそぎ引き千切られたかのような激痛が襲い掛かった。

「――――ッッッ!!!?」

 もう、声すら上げられぬ苛烈な痛み。まるで脊髄に直接釘を打ったかのような必殺性を誇る激痛。
 これでは如何な魔術師とて、こうも理不尽で凄惨な暴力を前には気絶、或いはそのまま死に至ることは確実である。アル・アジフは流石に、主の定命に終止符が討たれることを覚悟した。
 だが……アズラッドは立ち上がった。血溜まりとなってしまった鬼械神の中で、再びその魔力を精製しアイオーンの存在維持の為に費やす。

『主……』

 心配だとか驚愕すら通り越して、もはや呆れが来るほどの行動にアル・アジフは絶句した。
 アズラッドは立つ事はおろか意識を持つことすら危うい状態だ。本当の事を言えば、すぐさまこの場から逃避し蘇生に近い治癒魔術を行使しなければならない程の身体なのだ。
 しかし、こればかりは異常だった。そんな危険な状態で尚、痛覚を感じ意識を保つことが出来るなど、もはや人間としても魔術師としても推し量れない領域に至った存在でしかあり得ない。
 否、違う。アズラッドはそんな高位に至る魔術師ではない。ただ――そう、彼を突き動かすのは、ただの復讐心だけだった。
 “黄昏の夜明け団(ダークネス・ドーン)”が筆頭“ラアル・ロブディ”をこの手で殺すまで、絶対に死ねない……死んではならないのだ。

(そうだ――俺は、まだ死ねない)

 死と生の錯綜の刹那、アズラッドは垣間見る。これが世に言う走馬灯なのかと思わずにはいられない、過去の無念の映像だった。
 あの時――そう、あの時だ。あの忌々しい過去の残照。己が失った大切な“君”。己の空虚を創り上げた、忌々しきあの老魔術師。哂う。嘲笑う。
 何故だ。何故、こんな絶大な力を得てもこの体たらくだ。巫山戯るな。畜生。
 ありとあらゆる無念と空虚が、魔と成り、彼の内に闇黒よりも昏く、陳腐で、故に絶大な感情が産まれる。堕胎する。
 ――復讐。
 余りに簡素なその感情が今、絶対応報の現実を越えて、アズラッドを生き延ばらせていた。
 それを成す為に、こんな所で立ち止まってはられないのだ。“このような旧支配者如きに”、道を阻ませる事など、在ってはならない。

(死んで――なるものか!!)

 満身創痍のアズラッド/アイオーンが、真紅/水銀の血涙を流しながら、己にトドメを刺そうとするイタクァを殺意を以って射抜いた――刹那だった。
 余りに絶大な魔力――それも、アイオーンが発する魔力すらも霞む、凄まじい魔力が、突如として虚空から乱舞したのだ。

『な、なんだ――この、魔力反応は?』

 唐突の自体にアル・アジフも混乱の声を催す。
 極寒の世界を覆う曇天が再び浮かび上がり、捻じ曲がり、“在らざる次元の渦”が唸りをあげる。
 吼える闇/哭き叫ぶ光/染まらぬ闇/乱舞する光/混ざる/混ざる/融合(まざ)る。世界が狂い、凶り、殺される。一方的な処刑を見ているかのような光景。
 因果も運命も結果も過程も、ありとあらゆる矛盾の巣窟が今、此処に偏在する。
 そんな時間軸を越えた先、狂った因果の果ての地で――アズラッドとアル・アジフは巨大な……そう、とてつもなく巨大な、形容するならば其れは“門”であり“鍵”を垣間見た。
 捻じ曲がった空間が色彩と幾何学的な形容――“銀色のアラベスク模様”を象り、顕現する。
 死の淵にいながらも、アズラッドはその奇怪かつ面妖な様式をした“門にして鍵なる扉”を見て我を見失った。

 混沌の闇が、驚きの声を上げた。


 ◆◆◆


 『へぇ……実に唐突な展開じゃないか。この“無限螺旋”の中でよくもまぁ、そう必死になれるモノだよ、“キミ”は。
 けどまぁ――この展開は少々特殊だが、“前にも何回かあった”し、続けるには問題ないだろう。許容の範囲内ってコトさ。存分にやってくれて良いよ――“魔を断つ剣”』


 在りえざる次元の狭間で、混沌は独り嘲笑う。